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『雪の色を 奪ひて咲ける 梅の花 今盛りなり 見る人もがも』、万葉の歌が心に響く昨今、皆さんお元気ですか?

さて、今日は何の日でしょう?

1876年、グラハム=ベル電話の特許取得・・・

1917年、雑誌『主婦の友』創刊・・・

『平家物語』に登場する、平清盛の寵愛を受けた白拍子・祇王の忌日・・・

ゴロ合わせで『ニ(2)ボシ(14)の日』・・・



何か忘れていますか?いや、気のせいだって、2月14日は決して敗者決定日なんかじゃないって・・・



くやしいのでカンタンな歴史だけ触れておきます(涙)。兵士の自由結婚禁止政策に反対した聖ウァレンティヌスという司教がローマ皇帝の迫害を受けて殉教した日です。

まぁ僕にとってはマーチングバンドでドラムをバンバンたたいて『レッツゴー○○College!!』と叫んだ後ペプシをスカ~~~ッと飲み干し、そのまま夜の聖書の時間にゴーです。

どうせ何も予定ないっすよ(泣)

ちなみに2/14は決して雅歌やルツ記は読みません(両方とも恋愛のストーリーが満載)。読むなら士師記でサムソンが暴れているシーン読んで『行け、お前こそ男だ!』と熱く応援するか(士師記15章)ヨナ書を読んでヨナの冒険に心をときめかせます!ちなみに甘党ですが今日に限りチョコなんて見たくもありません!

そして何よりも悲しいのが・・・

ここで想いっきりボケツ掘ってる自分自身です(涙)

それでは皆さんに(僕の代わりに)素晴らしい一日が来る事を心より祈って。
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2006.02.14 | Biblical Joke | トラックバック(0) | コメント(0) |

時雨ふる神無月、すこし秋めく心地こそする昨今、みなさんはおかわりなく過ごしていますか?

今日聖書関連の本を読みたいと思ってオンラインブックストアをみていたんですね。厳密には旧約続編(聖書外典)をさがしていたんです。自分はそれを読みませんがやはりカトリックや東方正教会の方々と話すときに知識として必要かな?とおもって。相手を理解せずこっちのことだけいうっていうのはルール違反かな?とおもって。そしたら結構でてくるんですよ、個性的な聖書が(笑)

だいたい聖書は『~~~訳』や『~~~version』みたくカタいイメージがあるのに対し、個性派なのもたくさんあるもんだなぁ、少し紹介しますね。

小さくされた人々のための福音?四福音書および使徒言行録? 
本田哲郎訳(新世社・2001)

『大阪の釜ヶ崎で働くカトリック・フランシスコ会の本田哲郎司祭が、被抑圧者や被差別者など、「小さくされた」人びとの視点からイエスの福音をとらえた平明で斬新な翻訳。かつて上下巻で出ていた福音書と『小さくされた者たちの言行録』の合本で、付録つき。ほかに『コリントの人々の手紙』『ローマ/ガラテヤの人々への手紙』も刊行済み。』

ケセン語新約聖書1 マタイによる福音書 
山浦玄嗣訳(イーピックス大船渡印刷出版部・2002) ?5,600

『岩手県大船渡市に住むカトリック信者の医師が、岩手県の気仙地方で使われている方言(ケセン語)を使って訳した画期的な作品。「預言者」は「みことば持ち」、「洗礼」は「お水くぐり」、「福音」は「よい便り」など、日常の言葉で訳されている。訳者が考案したケセン式ローマ字と、一般の人にもわかりやすいよう漢字仮名交じり文の2通りで記述。『マルコによる福音書』『ルカによる福音書』も刊行済み。』

参考ウェブサイト:http://forum.nifty.com/fbible/bibfaq02.htm

弱い人の立場に立った聖書って、著者がホントに聖書を理解してるな~っておもいます。ルカ5:31~32に書いているようにイエスやその言葉は弱い立場の人のために存在するのですね。参考聖句を下に引用しておきますね。

『(31)健康な人に医者は必要ではなく、病んでいる人に必要なのです。(32)わたしは、義人たちではなく、罪人を悔い改めに招くために来たのです』

岩手の方言エヂィッションって、なんかすごくよんでみたいですね(笑)でも、これを上回る聖書がありました・・・

なんと大阪弁訳が存在するのです!!

コテコテ大阪弁訳「聖書」 ナニワ太郎&大阪弁聖書推進委員会訳
(データハウス・2000) ?1,200

『「ホンマもんの関西人で翻訳された、ホンマもんの大阪弁」による「マタイはんの福音書」(抄訳)を収録。注釈つき。』

マタいはんって・・・(笑) 

ウワサによると『耳ある者は聞きなさい(マタイ13:43)』が『ええか、耳かっぽじってよう聞けよ。』になっているとか(笑)

これをつかって証詞しようとは思いませんが、読み物として読んでみたいです!

でね、なんとなく実験としてですが、僕の生まれ故郷、函館の方言を使って訳をつくったらどうなるのかなぁ、とおもってね、ちょっと実験してみましょう。訳を作るのは聖書でも恐らく一番有名なヨハネによる福音書1:1です。まずは原文を読んでみましょう。

『はじめに言葉がおり、言葉は神と共におり、言葉は神であった』

聖書の神性を証明する有名な節ですね。さて、これを函館弁訳にしてみましょう。どうなるかな?

『はんも、おめ、まんずはじめさ言葉さあってな、言葉はよ、神様といっしょでな、おんめ、言葉は神であったんだ』



神性さが極端に落ちた気がするのは僕だけですか?

ついでにここでトリビア、日本語聖書で一番最初に訳された節って実はこのヨハネ1:1なんです。1837年にギュツラフという人が日本人漂流船員の岩吉、久吉、音吉の助けを得てシンガポールで印刷したのが始まり。収録されていたのは『約翰福音之傳(ヨハネによる福音書)』と『約翰上中下書(ヨハネの手紙1.2.3)』でした。で、その始まりというのが

『ハジマリニカシコイモノゴザル』

なんか函館弁訳がインパクトで負けている気がして悔しいです(そういう問題か?)(笑)

今セッセと律法の原稿書いてます。さてクリスチャンにとって一番大切なルールってなにか、考えといてくださいね。あとは祈りの続きも近いうちに出しますので、祈りに関しても少し時間があるときに考えておいてください。

それでは皆さんが祝福と加護に満ちた時間を過ごしていることを祈って。

2005.10.08 | Biblical Joke | トラックバック(0) | コメント(0) |

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