マフラーが心地いい昨今、みなさんはおげんきにしていますか?

うちの大学ってね、いろんなコミュニケーションをメールでやりとりするんです。生徒のこと、クラスがキャンセルされたとか、学食が美味しい日とか、こういう内容は学校指定のEメールでやるんですね。だから生徒が授業に行く前にメールをチェックして特別な情報はないかどうか確認する事は大事なんですよ。

そして今日もいつものようにメールを開いてみたんです。中身は○○で生徒会大会があるとか、××が携帯をなくしたとかばかりでいつものように消去作業をしていたのですがそんな中でとても目立つEメールが。

副学長からみんなへ・・・

こういうのってあんまり良い中身じゃないんですよ、そもそも副学長がメールすること自体がアブノーマルですから。しかも生徒のみんなに、ということはあまり良い中身じゃない事はだいたい予想はついていたんですけどね。

その中身はうちの学生が事故を起こして今危機的状況にいるということ。そして彼は最後にひとこと

『どうか彼女のために祈ってください』

少し心が打たれました。僕はその人恐らく知っているのですが、確かじゃない。おそらく大半の学生がそうでしょう。同じ大学だからってみんながみんな知り合いというわけじゃない、それを副学長もしっているはず。それなのにぼくらみんなに一つになって祈ってくれと尋ねる姿勢に少し心を打たれました。

話は変わるのですが、明日、僕が仲良くしていた友達がドイツへ駐在兵として出かけます。数年アメリカにはかえってこない、もしかしたらもうあえないかもしれない・・・そう思うと少しガラにもなく感傷的になりますね(笑)

神よ、この二人にあなたの祝福がありますように。彼らに最善の未来が与えられますように。

それでは皆さんが励ましと愛に満ちた祝福のある一日を過ごしている事を祈って。

2005.11.29 | Days | トラックバック(0) | コメント(2) |

寒空に北風が舞う昨今、皆さんはいかがおすごしですか?

さてさて、昨日はサンクスギビングだったといいましたが、実は僕にとってはそれよりもはるかに楽しみな事がその次の日にあるのです、それはね

サンクスギビングショッピング!!!

なぜかこの日はアメリカで一斉セールがあるのです。デパート等が早いところだと朝5時に開く日、そして全国のオジチャンオバチャンがまるで獲物を見定めるように、虎視眈々と、朝から目をギラギラさせながら財布を握りしめる日です(笑)まぁ、僕もそのメンバーというか、午前中ではあったのですが少し遅れていったわけですよ。やっぱ貧乏学生には25〜75%オフは魅力的なんです(必死)いいかえるなら、一種の死活問題なのです!

そんでもってジーンズと靴をゲットしたわけなんですけどね、そこで何故かチラっと頭をよぎった聖句が一つ。

『(3)あなたがたの装いは、編んだ髪や金の飾り、あるいは派手な衣服といった外面的なものであってはなりません。(4)むしろそれは、柔和でしとやかな気立てという朽ちないもので飾られた、内面的な人柄であるべきです。このような装いこそ、神の御前でまことに価値があるのです。(ペテロ第一 3:3〜4)』

個人的にそこそこ服は気にする方だと思うんですね。だらしないのや、清潔感がないのは着たくないな、とはおもってます。でもやっぱり最高のファッションって心の中から(内なるものから)湧き出てくるものだと思うんです。リンカーンが『40になったら自分の顔に責任を持たなければならない』といったのは今までの人生が顔に徐々にあらわれる、そのような意味も含まれていると思うんですね。

振り返ってみて自分の心は善の気持ちで飾られているか、そしてそれは言葉を超えその行いで証しされているかを問いただす事は大切な事だと思うんです。常に自分を問いただし、他の人の助言をうけ自分の中身を磨いていく事は人間としての成長を遂げるために大切な事だと思うんですね。自分への戒めの意味も含め箴言から二つ聖句を開かせてください、12:15と27:17を順に開いてみましょう。

『愚かなものの道は自らの目には正しい。しかし助言に聴き従うものは賢い。(箴言12:15)』

『鉄はまさしく鉄によって研がれる。同じように、ひとりの人が他の人の顔を研ぐ。(箴言27:17)』

他の人の意見を聞き入れ、少しずつでも内面の装飾をきれいなものにしていけたらいいな、とおもってます。

服きるのも好きですが(爆)

それではみなさんに祝福と加護がある事を祈って。

2005.11.26 | Days | トラックバック(0) | コメント(1) |

おそらく既に白く染まった故郷、函館を少々恋しく思う昨今、みなさんはおげんきにしていますか?

今日はアメリカではサンクスギビングです。インディアンの人たちが新大陸開拓をしている人たちに食事を与え、彼らを助けた日。そしてその感謝日です。

見知らぬ人に善を行うということは勇気のいる事だと思うんです。その人たちがいい人か悪い人かもわからない。しかし例えそうであっても、与えようとするその態度には学べるところがありますね。できる限り善を与える事を聖書も肯定していますしね!少々聖句をひいてみますか(笑)まずはお馴染み、箴言3:27をみてみましょう。

『あなたの手に善を行う力があるのに、それを受けるべき人から控えてはならない』

できるときはできるだけ助け合う、そういう心がけは神の目からみても尊い心がけなんでしょうね。つづいて使徒20:35を一緒に読んでみましょう。

『わたしは、あなたがたもこのように働いて、弱い者を助けなければならないこと、また『受けるよりは与える方が、さいわいである』と言われた主イエスの言葉を記憶しているべきことを、万事について教え示したのである』

弱っている人を助ける事は幸せな事なのですね。そしてそういう風に助け続けた(与え続けた)者はいつか自分が助けがいる時に助けられる(与えられる)という事なのですね(ルカ6:38)

そう考えると人間関係ってつくづく鏡のようなものだなぁ、とおもいます。自分がしていることは自分にかえってくる、それが良いものでも悪いものでも。こういう風に思うとね、善を持って行動しなさいという聖書のコメントは人間関係等も考慮に入れてすすめてくれた神様からのメッセージなのだな、とおもいます。

さて、話はサンクスギビングにもどりますが、今日僕は普段みんなが食べるような伝統食が食べれませんでした!いや、普段こういう日はおいしいターキーとアメリカの伝統的な食事が出てきて、文字通り美味しい一日を過ごすわけなのですが、僕は私事がかさなり部屋でそっと夕飯を食べました。え、何を食べたかって?やっぱりチキンとかかって?今日の僕のメインディッシュはね・・・

おふくろが送ってきたお茶づけです!

ちと、侘しいです・・・でも聖書も何を食べるかということで煩うなっていってるし(マタイ8:31)お腹はすいても今日は心が満たされていた一日だったのでオッケーです(笑)

それでは皆さんが祝福に満ちた日々を送っている事を祈って。

2005.11.25 | Days | トラックバック(0) | コメント(0) |

東海岸では風が一層冷たさを増す昨今、みなさんはおげんきにしていますか?

さて、前回祈りについて補足版を書いたのですが、なんとそれに関してコメント欄に質問がきていました!嬉しいです(笑)中身もとてもいい、しかも普段僕らが考えてもおかしくない質問なので解答はここでさせていただきます。ただ中身が非常に鋭いので僕の見識でカバーできるかどうかわかりませんが、極力聖書により頼みできる限りの解答を出すように頑張ります!

ただ本人の意思確認をとっていない上、ここに書かれていたとしてもその文の著作権は書いた人その人にありますので質問の直接掲載は控えさせていただきます。前のBiblical Memoのコメントをみてね!

それじゃあ、各々順に答えていくとしましょう。まずは一つめ、『祈りは漠然としていていいのか?』ということ。

もちろんオッケーです。声にならない祈りでも何でも聞き入れてもらえます。ガイドラインとしてマタイ6:9〜13がありますがこれはあくまでガイドラインなので、祈りそのものは自由であってもかまいません。僕は個人的に祈る時はマタイ6:9〜13を暗唱し、その後に個別の祈り、そして詩編よりあるフレーズを読んだ後『我らの頭イエスキリストの名を通して、アーメン』といっていますがこれは僕オリジナルのスタイルです。別に何かの形式に従う必要はないし、中身が定まっていないでただ『ヨロシクお願いします!』でも大丈夫です。前回一緒に考えたように聖霊が心の祈りを運んでいってくれますよ。

次に『戦争を画策した者に罰を、という祈りは聞き入れられるか』という中身について考えてみましょう。この質問は答えるのが非常に難しいです。というのは、質問者さん(不明さんなので以後Fさんとかかせてください)が神の裁きの公正を祈っているのか、もしくは悪人に対する憎しみを遂げたいと思っているのか、それとも報われなかった命を救いたいと思っているのかによるとおもうからです。

もし公正を心配しているのなら、そのところは大丈夫です。殺人に関して、神が愛する者たちを無下にする者に関しては、創世記から黙示録まで一貫して『その報いを受ける』と書いてあります。代表的な聖句を箴言から頂きましょう。11章5節を開いてみてください。

『邪悪なものは自分の邪悪さゆえに倒れる』

じゃあもし、失礼かもしれませんが、Fさんが憎しみでそうおもっているのなら?恐らく、僕は聞き入れてもらえないと思います。神は自分の子供がお互い憎みあうのはよしとしていません。むしろ他人が自分を憎んだとしても、その人を愛し許す事をすすめています(ルカ6:27〜38)。じゃあこの悲しみと憎しみはどうすればいいの?と思います?それは僕らが直接手を汚さなくても神が代わりにしてくれます。ローマ12:17〜21から考えてみましょう。

『(17) だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。(18) あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。(19) 愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。(20) むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。(21) 悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。』

このように報いを与えるのは神がきちんとしてくれます。僕らが良い事を、たとえそれをどんなに跳ね返されても、くりかえししていくのがその悪を行う者にもっとも効果的な策だと炭火の例えはいっているのだと思います。それよりも惨事でなくなった方々が神の御座の下に召される事を祈る方が効果的だと思いますよ^^。

Fさんは恐らく隣人愛に長けた人だと思います。互いのために祈る事は神が僕らに求めている事の一つです(ヤコブ5:16参照)。でも神からの愛を、自分の分を他人にまわせるか?というとそれはわからないかな?人を愛するという事はクッキーを配る事とは違うと思うんです。気持ちを割って配る事ってできるかな、とおもうと多分難しいと思うんです、まして公正を名乗る神ならそれはなおさらだとおもうんですね。でも神は祈りは聞き入れます、そしてたとえいきているうちに幸せななる事がかなわなかった人でも、また機会は与えられると思ってますよ。ここから先(死後の復活)というのはいろいろ教義の別れどころになるので突っ込んでは話しませんが、わたしは詩編34:18や51:17で述べられている事に偽りはないと思います。一緒に読んでみましょうね。

『神は心の打ち砕かれた者たちの近くにおられ、霊のうちひしがれた者たちを救ってくれる。(詩編34:18)』

『神への犠牲は砕かれた霊なのです。砕かれ、打ちひしがれた心を、神よ、あなたはさげすみません。(詩編51:17)』

存在を信じるかはどうかは理屈や聖句で説明はできますが、あとは個人の選択も大きいと思います。僕は、たとえFさんが信じていなくても、神様はいつもFさんを愛し、見守っていると思いますよ。無理に信じ込まなくてもいいですから、もし信じられるような出来事があったら、是非感謝の祈りを捧げてくださいね^^。

これで質問にこたえられているかな?もしまだ質問があったらどんどん聞いてください!いつでも心待ちにしています!

それでは、Fさんと読者の皆様に神の聖霊から祝福と加護が降り注ぎますように。そしてFさんの望む、すべての人のに心と体の平和が与えられますように。すべての人の明日が輝かしい祝福に満ちた一日となりますように。分裂に一致を、懐疑に真理を、憎悪に愛をお与えください。我らの頭、イエスキリストの名を通して、アーメン。

2005.11.21 | Biblical memo | トラックバック(1) | コメント(0) |

少しずつ冬の足音か響いてくる昨今、みなさん風邪等召しておりませんか?

さて、お待たせしました!祈りの続編を公開します!

とりあえず前回のも参照してみてくださいね↓

http://scriptures.blog26.fc2.com/blog-entry-8.html#comment

それじゃあ今回話すことは二つ、一つは『受け入れられない祈りってあるの?』ということともう一つは『何を祈ればいいかわからないけど、祈りが欲しい』というときはどうなのかな?ということです。一緒に考えてみましょうね、お手元に是非聖書の準備を!(笑)

受け入れられない祈りがある、というと驚きます?何でも叶えてくれるのが神様か?といったらそういうわけでもないんです。やっぱり受け入れられない祈りも僅かながらあるんですよ。例えば『○○君を殺してくれ〜』とか不幸を祈ったり、『盗みが成功しますように!』と祈ってみてもヤッパリ駄目、そういう祈りは聞き入れられません。なんででしょう? 例が書いてある聖句から考察してみましょう。ヤコブ4章3節をひらいてみてください。

『なるほど求めはします。それでも受けていません。肉欲の快楽に対する渇望のために用いようとして、間違った目的のために求めているからです。』

婚前の性的交渉は神がよろしくないとしている事(その理由も勿論あとで書きますね、ダメというからにはきちんと理由もあるんです)、つまり神が愛する私たち一人一人が他を傷つけたり争いあう欲求から遠ざけようとして律法をつくっているのにそれを犯そうとする祈りはやはり聞き入れられないのです。そしてその『聞かない』という姿勢も、僕は神の愛だと思います。

さて、いままで受けられない祈りの『中身』について考えてきましたが、それでは受けられない祈りの『カタチ』ってあるんでしょうか?聖書から考えてみましょうね。まずはマタイ6:5を開いてみましょう。

『祈るとき、あなた方は偽善者のようであってはなりません。彼らは、人に見えるように街道や大通りの角に立って祈る事を好むのです。』

ようはわざと見せびらかすように祈っちゃ駄目ってことですね。祈りは神との会話で他人にそれを自慢するモノじゃないよってことです。後もう一つ、これは良く僕もやってしまうミスなのですが、マタイの6:7もチェックしてみましょう。

『祈る際には、諸国の人がするように同じことを何度も繰り返し言ってはなりません。彼らは言葉を多くすれば聞かれると思っているのです。』

同じ事をなんどもいうのはあまり良くないみたいですね。これ、僕もたまにやってしまうミスなんです。想いが空回りしちゃって(笑)あと、僕が以前別のキリスト教宗派にいたとき、よく三位一体になぞらって同じ事を3度祈ってたんです。今考えたらホントにヘンテコなミスをしてたんだなぁ〜とおもいますよ。僕自身あのころは何も知らない『口だけクリスチャン』でしたし(汗)

さて、次のトピック、『何を祈ればいいからわからないけど助けてほしい』時、僕らはどうすればいいんでしょうか?こういう時って結構ありますよね、なんか悲しくて、寂しくて、誰かに支えてほしい時、僕らはどうやって神によりかかるんでしょうか?ローマ8:26を開いてみましょう。

『御霊もまた同じように、弱いわたしを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。』

ただ漠然と祈ったっていいんです。神の霊が私たちの気持ちを神に伝えといてくれますから。じゃあ僕らの先輩でそういう風に祈った人はいるんでしょうか?ユダヤの王だったダビデの祈りに耳を傾けてみましょう。詩編の25章4〜5節を開いてみましょう。

『神よ、あなたの道をわたしに知らせてください。あなたの道筋をわたしに教えてください。わたしをあなたの真理によって歩ませ、わたしに教えてください。あなたは私の救いの神だからです。』

見方によってはすごく漠然とした祈りです。でもこれでいいんです。ただ求めるだけでも与えてくれるんです。じゃあ最後に二つほど聖句を開いてこのメモを閉じましょう。まずはローマ8:31です。

『神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵するでしょうか。』

僕達はいつも最も強い人を味方に持っています!しかもいつでもよりかかってオッケーな人です(笑)じゃあその神様から一言頂きましょう、イザヤ41:10を開いてください。

『恐れてはならない。わたしはあなたと共にいるからである。周りを見回すな。わたしはあなたの神だからである。わたしはあなたを強くする。わたしはあなたを本当に助ける。わたしはわたしの義の右手であなたをしっかりととらえておく』

ここまでラブコールされるとさすがに参ってしまいますね(笑)でもこの絶対的な安心感がクリスチャンの強みだと僕は思ってます。

それでは皆さんが祝福に満ちた日を過ごしている事を祈って。

2005.11.17 | Biblical memo | トラックバック(0) | コメント(2) |

木枯らしが吹く昨今、みなさんおげんきですか?

さて、みなさん思いで深い日ってありますか?いきているといろんな思い出があってそれぞれが糧になる、特に初めて何かを体験した日なんてそうですね。

初めて人を好きになった日、初めて聖書を開いた日、初めて人に想いを伝えた日、初めてのクラス会、初めての旅行、初めてのおつかい、初めてのアコム(ご利用は計画的に)・・・などなにか初めての経験をした日はなかなか忘れられません。そういういろんな『初めて』を積み重ねて少しづつ自分の世界を広げていく事、これもきっと成長なのだと思います。

そして僕も今日ある『初めて』を体験しました、それはね

初めてのスピードチケット!

いままで無事故無違反早寝早起でとおっていた僕がいよいよチケットを切られてしまいました!いや、だってまさか森の中から警察がとびでてくるとはおもっていませんでしたよ、最初自分じゃないとおもってムシしていましたし(笑)

でもサワヤカなカウボーイハットをかぶった、いかにも週末はビアとステイクでエンジョイだぜ、ベイベ〜みたいなノリの警察官がアクアフレッシュのCMのように歯を片側白く輝かせながら『ボーイ、グッドアフターヌーンだぜ!』なんていいながらやってきたらそりゃこっちだっていろんな意味で『参りました!』ってなりますわ(笑)。

で、おとなしくチケット切られてきました(涙)

まぁ、これも成長ですよ・・・より良い自分になるための階段です・・・

箴言の8章12節より

『憎しみは口論をかき立て、愛はすべての違反を覆う』

失敗を言い訳したりゴネることなく受け入れ、それを与えた人(警察官)にも愛を持って接する事で神は僕が犯した『違反』を覆ってくれるものと信じています。

それではみなさんに祝福に満ちた一日がある事を祈って

2005.11.12 | Days | トラックバック(0) | コメント(0) |

紅葉と同じく風が頬を紅く染める昨今、みなさんおげんきですか?

最近友達からある日本の漫画をかりたんですよ。名前は『BLEACH』というんですけどね。僕は普段漫画は見ませんがこの漫画はちょっとしたわけでしってたんです。東京で浪人寮にいたとき必ず週に一度『少年ジャンプ』がまわってきてて、その中にあったんですね。だから懐かしいなぁ、と思いながら借りたのですが、なんせ今回はDVDなので活動漫画とでもいうのでしょうか?

いま表現が三世代前とか思った人は歯を食いしばって前に出てみよう〜オニイサンが愛ある鉄拳を・・・(以下略

でね、みてみたのですがとにかくおもしろい!!いやストーリーとかも面白いのですがその中で動くキャラクターの行動というのは私たちの一般生活にも応用できる事だったりするわけですよ!

別に普段の生活でカタナでバケモノ切れとはいってませんよ?

まぁね、もともと涙もろいほうなのでクラッときてしまうところもあるのですが、とにかく今は続編が楽しみです。

おもうのですが、たまに小説等はつくりものだからキライとか読まないってひといますよね?僕はあれは間違いだと思うんです。

小説でも漫画でも絵でもそこには一つの真実があり、そのなかには僕らの生活に応用可能なものがたくさん含まれているとおもうんですよ。勿論作者は現実に存在した人なわけですから当然いかなる作品も『現実的』であり『人間的』なわけだとおもうのですが。

自分は聖書系以外の出版物もたくさん読みます。それらが無いと心のおなかが空いてしまうんですよ(笑)だから暇をみて本を読んだり、映画を観たり、ジャズコンボ聴いたり、美術館に足を運ぶ事は僕がいきていくうちで欠かせない事なんです。

秋も深まり、夜も長くなりつつあります。積み上げてた本にまた触れ直してみるのはいかがですか?

それでは皆さんに聖霊の祝福が降り注がれる事を祈って。

2005.11.06 | Days | トラックバック(0) | コメント(1) |

秋風がすこしづつ冷たくなりつつある昨今、みなさんおげんきですか?

さて、これから律法と祈りのつづきをアップデートしようと思っているのですが、少し読者の幅が広がったのでここで改めてこのサイトの意義とその立場を確認したいと思っています。

まずこのサイトの第一目的はいままで聖書となじんだ事が無い人、あまり開いた事が無い人、キリスト教がなんだかよくわからないという人と一緒に聖書について考えてみよう!ということです。だから熟練した知識豊富なクリスチャンには物足りないかもしれませんが、そのような兄弟/姉妹は是非基本の確認+エンターテイメントぐらいの気持ちで読んでくださいね。

あとはここのサイトで教義的な話には持ち込みたいと思っていません。聖書のどの宗派でもおそらく受け入れている範囲に焦点をしぼって書いていきたいと思っています。よって管理人(Ti)は参考にする資料は聖書のみに限定し、それ以外の一切著作物からは引用しません。聖書は公平を期すために8種類のものを使っています(日本語聖書と英語聖書です)。神の名など諸説別れるものは有力候補を可能な限り並列にして表示していきたいと思っています(ヤハウェ/エホバ等)。

私も一信者としてある宗派(教会/会衆)に属しますがその宗派の思想からはなれ、伝道目的とは全く別に、書いています。だから伝道目的だ!とか誤解しないでね(笑)

おもっていることは聖書を身近にしてほしいなぁ、だけ。よって、そこのクリスチャンのみなさん!口論は禁止ですよ!言葉じゃなくて行動で示そうね!(そんなことしらん!とか思う人は<ルカ6:46、47>→<箴言6:16〜19>→<箴言28:25>→<ヤコブ3:13>→<1ペテロ 3:2>→<1ヨハネ3:18>の順によんでみてくださいな!)

ちなみにいまのカッコの中とかも全部聖書の索引だけでやってます!ビバ公平!ビバ非合理!(涙)

あとスタンスは日記等はそれなりのペースで、聖書的な事はゆっくりアップしていきます。というのはね、一部の記事はもうできているのですが皆さんにゆっくり考えてほしいんです。短時間で詰め込んだ知識はよっぽど練習しない限り短時間で消えちゃいますから(笑) (ちなみに僕が聖書を勉強する時の方法は『短期決戦』で知識と論理をつめこみ残った時間でそれをいかにいかせるかケーススタディをする事です。まぁ要はサッサと素振りのカタチをマスターして余った時間でバッティングセンターの実践球で打つ練習してくってかんじかな?)

あとこのサイト携帯でもみれるのですが、でもどうやら携帯の人はプロフィールが見えないようなので軽く書いときますね。

名前:Ti

職業:ナマケモノ(嘘です、留学生です)

好きな食べ物:和食、特に刺身。あと甘いものと辛いもの全般(一部の韓国料理を除く)

聖句以外で好きな言葉:『私は無知を求む。知識は認識に限界を引く(ニーチェ)』

ということで改めてヨロシク!

それでは皆さんが祝福に満ちた週末を過ごす事を祈って。

2005.11.05 | Read It First | トラックバック(0) | コメント(4) |